まだまだ続くインフレトレンド

多くの企業ではこの数年間、原材費、人件費、光熱費などさまざまなコスト上昇対応におわれてきたのではないでしょうか。国内インフレ率はコロナが明けた2022年から上昇の一途を辿り、毎年2.5%前後をキープしてきています。さらに今年はトランプ関税のインパクトを念頭に入れなくてはなりません。

現在、米国による日本への上乗せ関税は90日間停止となっていますが、米国はすべての国に対して10%関税を課していますので、それ自体でも大きなインパクトがあります。また、米中での関税合戦によって米国内でのインフレは加速し、日本への影響が出てくるものと考えられますので、国内でのインフレはまだまだ続くと見られています。

インフレ値上げは製造業にとって頭の痛い問題

原価が上昇した分の値上げを行い、販売量を維持できるならば問題ありませんが、現実はそう簡単にはいきません。特に、製造業においては、値上げを行うと販売量低下を招く恐れがあり、固定費回収が難しくなるというジレンマに陥ります。

市場全体での価格上昇となれば、市場規模が縮小することがあります。より安価な代替品へと顧客は移行してしまう可能性が高まります。身近な例では、最近のコメ価格高騰がわかりやすいところです。コメの価格が高くなれば、麺類にしようかという家庭も増えてくるでしょう。そうなるとコメ市場は縮小していくことになります。

また、元々、競合状況が厳しい状況であればより事態は深刻です。そのような中で、自社だけが先行して値上げを行うとシェアを落としてしまうリスクがあるという場合があります。もちろん、製造コストは各社異なるため、値上げをしなくても多少の期間は耐え抜けるという会社もあり、それによってシェアを伸ばす会社もあるでしょう。

このような環境下で自社の利益を確保していくには、自社の製造コストと市場環境を見ながら適切にプライシングしていくことが重要になります。

インフレ環境で取るべきプライシング戦略とは

代表的なプライシングモデルには3つの戦略と5つの戦術がありますが、特に、中小企業が取るべきプライシング戦略は『バリューベースドプライシング』です。また、戦術としては『一物多価プライシング』を検討することをお勧めします。

3つのプライシング戦略

・コストベースプライシング
・競合ベースプライシング
・バリューベースプライシング

コストベースプライシングは単純にコストに応じて値付けしていくやり方です。コストが上昇すれば値上げして、コストが下がれば値下げするため、シンプルで明朗会計であるものの、投資力によってコストダウンが可能な大手企業が勝ちやすく、中小企業では難しい戦略と言えます。競合ベースプライシングは競合価格に応じて自社価格を決めるプライシング方法となります。こちらも大手企業の価格戦略に左右されてしまいそれに付き合っていると自社が疲弊してしまうことになるでしょう。いずれもインフレ時において、体力のある大手企業が値上げ時期を遅らせたり、少ない値上げ幅で対応したりするような状況において、中小企業は、そのプライシングに付いていくのは難しくなります。

一方で、バリューベースプライシングとは、顧客が感じる価値をベースに自社製品・サービスの価格を決めていく手法となり、インフレ時においても他社が提供できず、顧客が望む価値を提供することができていることを理解していれば、ほかの2つのプライシング手法よりも自信を持って値上げを実施することが可能になります。

5つのプライシング戦術

・スキミングプライシング
・ペネトレーションプライシング
・キャプティブプライシング(バンドルプライシング)
・コストリーダープライシング
・一物多価プライシング
  *ダイナミックプライシング
  *顧客別プライシング
  *ボリュームディスカウント

スキミングプライシングとペネトレーションプライシングは、新製品販売で使う手法となります。スキミングとは『上澄みをすくい取る』という意味で、最初に高く売る作戦です。iPhoneなど新発売されると高くても購入する一定層がいるのを思い浮かべてもらうとわかりやすいと思いますが、ブランド力がないと難しい戦術です。ペトレーションプライシングは、スキミングの逆に、新製品販売時に格安で販売して、一気にシェア拡大を狙う手法です。早期のうちに単位当たりの固定費を回収し、製造効率を高めていくことを目的としていますが、コスト競争力がないと難しいでしょう。キャプティブプライシングは、カミソリの本体と替刃のように「主製品を低価格に設定し、付属品を高価格に設定する価格戦略」となりますが、このモデルを採用できる製品に限られます。コストリーダーシッププライシングは、エブリデー・ロー・プライシング(EDLP)とも呼ばれ、競合他社よりも低価格で製品やサービスを提供するプライシングとなりますので、こちらも大企業のようなコスト競争力が求められてしまいます。

そこで、中小企業で取るべきプライシング戦略は、『一物多価』プライシングです。価格を細やかにコントロールすることによって、利益をしっかりと確保しつつ、販売ボリュームを稼ぐことも可能な手法になります。一物多価の方法として3つあります。

『ダイナミックプライシング』
需給バランスによって価格を変えていくプライシング手法となります。需要が低く、供給過多のときには価格を下げて販売し、需要が高く供給が足りないときには値段を上げて販売します。ホテル、テーマパーク、航空券などで広く採用され、身近なところでは、スーパーのお惣菜売り場で売れ残りを防ぐために夕方以降に値下げしているのもダイナミックプライシングとなります。

『顧客別プライシング』
顧客が捉える自社製品・サービスに対する価値によって価格を変えていくプライシング手法です。その価値を高く感じてくれる顧客層に対しては販売価格を高く設定し、あまりその価値を感じてくれていない顧客層に対しては値段を下げて販売する手法となります。

『ボリュームディスカウント』
購入する量や頻度によって価格を下げていくプライシングとなります。年間で決まった数量契約があれば需要予測も立てやすく効率的な製造、供給が可能となります。あるいは、一度に纏めて購入してもらうことによって、梱包コスト、物流コスト、人件費を削減することができるため、そのコストを還元するという意味でも活用できる手法です。

いずれのデメリットとしては、顧客によって価格が異なるため、不公平感が感じられてしまう可能性があるということです。それによって企業の信頼も失うようなことがないように気を付けなくてはなりませんが、そうならないように明確なプライシングモデルを確立させていくことが重要になります。

コスト分析によるプライシング戦略

もうひとつ大切なことがあります。それは、自社製品のコストを正しく理解することです。製品ごとにコスト構造が異なり、利益が取れている製品とそうでない製品があるはずです。在庫管理における最小の管理単位をSKU(Stock Keeping Unit)と呼び、入数やサイズなどの違いを製品単位と見て、このSKU単位ごとに利益率の違いを確認していきます。正しくコストを把握できていれば、低利益商品の値上げ率を高く設定することや、コスト改善を実施することが可能になります。これらを実施せずに、原価上昇分を自動的に値上げしている場合は自社の競争力が知らぬ間に低下するという事態に陥りますのでインフレ時には注意しなくてはなりません。

まとめ

インフレトレンドにおいて、値上げは頭の痛い問題ですが、他社も同じ環境にいるということも忘れてはなりません。自社が他社よりも一歩進んだマーケティング戦略を打ち出すことで、逆風の中で差をつけていくことが可能になります。価値を正しく見出してプライシングすることや、SKUごとのコスト構造を正しく把握してコストの改善を図ることによって、自社の競争力を高めすることが可能になります。

プライシングはマーケティング戦略のなかで利益に直結する非常に大切な戦略のひとつとなります。ぜひ、このタイミングで自社のマーケティング戦略を見直してみては如何でしょうか。